赤城夫婦公式サイト 結婚生活研究家が教える「アラフォーから始める 幸せ結婚計画」-赤城夫婦プロフィール-

理想のパートナーと出会って、「幸せな結婚」と「仕事の成功」を両方得る「成功夫婦」になりたい人へ

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プロフィール

赤城夫婦

世界中で大ベストセラーとなり支持されている「7つの習慣(スティーブン・R・コヴィー博士)」のフランクリン・コヴィー社も認めた男女関係のプロフェッショナル。
結婚を機に、一生で一度しかない人生を満喫しようと、
夫婦揃って、すべての役職から引退。リタイヤ生活をスタート。

愛も、健康も、キャリアも、お金も、自由までをも、手に入れているカップル「成功夫婦」の存在を知り、1,000人以上の経営者へのインタビューや、世界中の文献・専門書を独自に研究。

結婚に秘められた成功法則「マリッジ・プレミアム」を世界で初めて体系化する。

その後、男女関係に関する講演やセミナーが、口コミを中心に話題となり、人気は全国区に。

その噂を聞きつけたフランクリン・コヴィー・ジャパン社の社長から、
熱烈なオファーを受け、2007年11月22日(いい夫婦の日)に、
著作「マリッジ・プレミアム‐仕事の成功を約束する結婚生活の送り方‐」を発表。

結婚式の引き出物や新婚カップルへのプレゼントなどで広がり始め、現在2万部のベストセラー。普遍的な本として、ロングセラーを続けている。

さらに、「7つの習慣‐結婚プログラム‐」の開発にも携わり、アジア圏で初の講師となる。

また、岩元貴久氏、船井幸雄氏、中谷彰宏氏ら著名人と共に講演会を行い、全国各地で行うセミナーも、毎回、満席と反響を呼んでいる。

特に、キャリアを活かしつつ、子育てや夫婦の時間も楽しめる結婚をしたいと願うアラフォー女性たちに、その秘訣を伝授したところ、全国で、カップルが続々と誕生。秘訣は、「出会い術」として教材になったことで、さらに、受講生の20代~50代までが、パートナーと出会いカップルになっていっている。

「赤城夫婦と一緒に写真を撮ると、パートナーが現れる♪」との噂も立ち、リピーターも続出していて、個別相談できるプライベートコーチングは、常に予約待ちの状態となっている。


妻:赤城 加奈乃(あかぎ かなの)

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【現在】

昨年、誕生日の前日に、長男を出産。現在、息子との驚きと喜びに満ちた生活を楽しみながらも、執筆やメルマガ、教材、セミナー、プライベートコーチングなどを通じて、自らの体験をもとに、「理想のパートナーと出会う方法」や「成功夫婦」の知恵を広めている。京都在住。

【ヒストリー】

京都生まれ。
6歳から全国一人旅をする。イギリスやアメリカでのホームステイ、ヨーロッパ各地への旅行などを体験後、15歳でアメリカに単身留学。アメリカのプライベート・ハイスクールを卒業後、大学で近江商人の経営を学ぶ。

小さいときから、多様な文化や考え方を持つ人たちとたくさん触れ合ったことで、「文化や歴史や習慣が違っても、年齢や職業や性別をも超えて、世界共通で幸せだと感じる生き方は、あるのだろうか?」との問いを抱くようになる。大学の卒業論文では、自分の人生の経営者として、経済から考える幸せについての論文を書き、大学の優秀論文に選ばれた。

しかし、当時は、収入を上げようとすると労働時間も長くなる方法しか見つけられず、自分と向き合う時間や家族との時間、自然と調和する時間なども持ちながら、収入も確保するためにはどうすればよいのか?を考え続けるようになった。

大学卒業後、はりきって入社した会社では、残業が重なり、過労で大阪駅のホームで倒れ、半年で退社。意気消沈しているところ、父から、経営する会社を第二創業するつもりでやってみないかとチャンスをもらった。その後、商業ビルの建設やユニークなファッション・ビジネスの経営で注目を集め、商店街の最年少理事として、ITによるビジネス・モデル特許の開発などにも携わり、通産省の外郭団体や青年会議所、大学などで講演を行うようになる。

ところが、仕事が順調になればなるほど、私生活はなくなっていき、いつしか周りからも仕事一筋の人と見られるように。その状態に、違和感を覚えるようになる。30歳を過ぎてから、「いつか結婚したい。でも、それは今じゃない」と考えていた気持ちと向き合い、
「せっかく女性として生まれてきたのだから、女性であることを最大限、味わって、楽しんで、生きたい。そのために、出し惜しむことなく、愛し愛されて生きてみたい」と、結婚を真剣に望むようになる。そこで、どんな結婚生活が理想なのか具体的に考えてみようと、当時、本屋にある結婚にまつわる本を全て買って読み、理想の結婚生活を明確化。理想のパートナーへ望む条件を作り上げた。

しかし、いざパートナーを探そうとすると、なかなか出会えず、どこで出会えるのかもわからず、お見合い相談所などに話を聞きに行っても、理想の条件を見せると、非現実的だとお説教される始末。スポーツジムに通ったり、習い事をしてみたり、と出会いを求めて試行錯誤してみるものの、月日だけ流れて、うまくはいかなかった。同時に、恋愛テクニックによって、異性をひきつけるやり方にも疑問を感じ、もっと違う方法や出会い方があるのでは?と感じるように。

やがて、一年かけてパートナーへ求める条件を根本的に見直し、今までとは違った出会い方があることがわかると、今度はすんなりと望んだ30個の条件全てを満たす現在の夫と出会う。デートしてから3日でプロポーズされ、半年後に結婚。

せっかく一生に一度しかないかもしれない新婚生活。将来100歳まで生きるとしたら、あと70年近くある。1週間は7日間なので、70年を1週間に換算してみると、1年間は、たったの約2.4時間。長い人生の中では、1年や2年は、カフェでお茶しているくらの時間にしか過ぎないと考え、それならば、今しかない新婚生活という、この瞬間を最大限に満喫しようと、夫婦揃って全ての役職から引退。仕事を辞めた。

このとき、自由になった時間で、人生で最大の疑問として長年抱き続けてきた、ある程度、世界で共通する幸せな生き方とは何か?を二人で一緒に探ることに。やがて、支え合い、愛し合う「幸せな結婚」と、ただ稼ぐのではなく、自分を生かすことで他人に喜ばれるやり方で収入や生きがいを得られる「仕事の成功」の両方を得ていることが、一つの幸せな形だと考えるようになった。

そこで、一見、矛盾するように思えた「幸せな結婚」と「仕事の成功」の二つを、両方、同時に得るためには、どうしたらいいのか?の答えを求めて、様々な専門書や論文を読み漁り、幸せな結婚をしてるカップルや仕事で成功している人など約1000人に会う。どちらかしか得られていない人と、両方得られている人の違いを独自に分析し、どうすれば両方得られるのかを自分たちのために体系化。独自の理論が有効なのかどうかを、実際に、自ら実践してみることにした。

その頃、たまたま、両方得るために何が必要なのかを知人に話したところ、多くの人にその知恵を教えてほしいと依頼され、セミナーを行うようになる。並行して、本の執筆を依頼され、2007年11月22日「いい夫婦」の日に出版。やがて、口コミで「成功夫婦」の知恵についての話題が広がり、全国各地からだけでなく、海外からも京都を中心に行っていたセミナーに参加する人が出てきて、全国でも講演・セミナーを行うように。さらに、自身が苦労したパートナーとの出会いについてのセミナーも依頼され、どうすれば、「成功夫婦」になれるパートナーから選ばれ、どんな風にパートナーを選べばいいのか、どうすれば出会いに恵まれるようになるのかなども「出会い術」として体系化して、伝えるようになる。
また、海外在住の人や育児などで忙しい人のために、インターネットを使って学べるように、ビデオ・セミナーや音声教材を作成。今も、多くの悩みが寄せられる男女関係について、次々と教材を作成中。男女が結婚・出産・育児など様々な人生の変化を経ながらも、出し惜しむことなく愛し愛されて生きるコツや、お互いを飽きることなく成長し続けることができるパートナーシップを育む方法などを伝えている。



夫:赤城 良典(あかぎ よしのり)

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【現在】

妻とともに、約10ヶ月の育休後、復帰。現在、息子との驚きと喜びに満ちた生活を楽しみながらも、執筆やメルマガ、教材、セミナー、プライベートコーチングなどを通じて、自らの体験をもとに、「理想のパートナーと出会う方法」や「成功夫婦」の知恵を広めている。京都在住。

【ヒストリー】

長野生まれ。
6歳のときに、腎臓の病気で生死にかかわる大手術を経験。今も、両わき腹には、30センチの手術の後がある。喘息などもあり病弱児だったため、医師からの勧めで水泳を始めるようになる。

やがて、中学生になると、停止し、摘出予定だったはずの腎臓が奇跡的に動き出し、回復。さらには、水泳で県大会優勝するなど、すっかり健康になった。

現代医学ではなぜ回復したのか証明できず、このときから、「自分は生かされている。生きて何かをする使命がある」と実感するようになった。

高校ではハンドボールの国体選手としても活躍。その後、大学でフランス語留学のためアフリカへ。滞在したパリ・ダカールレースで有名なセネガルでは、バスに乗り、道なき道を馬車に揺られて、電気・ガス・水道のない村に滞在する経験もした。ハエ取り紙が、出してわずか30分で、群がったハエの重さで落ちてしまうような不衛生で、不便で、不自由なところにもかかわらず、そこに住む子供たちの底抜けに明るい笑顔や年長者を敬い、慕う姿、あるいは、お互いを助け合い、思いやる姿に感動。目に見える豊かさはほとんどないのに、確かに感じることができる幸福が、ここにはあることを実感した。

一方、帰国のため成田空港に到着すると、疲れた顔や輝きのない目をした人たちを見て、大きなショックを受ける。何もかもある衛生的で、恵まれた環境に生きているのに、なぜ、これほど目の輝きが違うのか?何が本当の幸せなのか?何か自分にできることはないのか?思い悩むようになった。

しかし、すぐには答えが見つからないまま、大学を卒業し就職。チェーン店の不採算店を建て直し、最年少バイヤーとして年間数億円の買い付けを任されるようになる。けれども、仕事をしながら、本当にやりたいことは何なのか?自分が生かされた使命はこれなのか?と悶々とする日々が続いた。

何か人が幸せになるために自分ができることがしたい。自分の今までの人生を通じて、心の奥から湧き上がってくるメッセージを伝えたい。けれども、当時、どうすればいいのか?何ができるのか?どうやってメッセージを伝えたらいいのか?、まるで検討もつかず、わからないままだった。
そんなとき、加奈乃と出会い、結婚。仕事を辞めて、二人で成功夫婦の知恵を体系化していたある日。妻の加奈乃から、講演してみたら?と言われて、やってみることに。妻の様々な言葉がきっかけとなり、やがて、自分の内なる使命にようやく気づくことができた。

「もし、結婚していなければ、僕は、二度死にかけていた」と彼は言う。

「最初から明確な夢がある人ばかりじゃない。誰もが生かされ、使命があって生きていると僕たち夫婦は思っている。でも、どうやって自分の中にある宝物を見つけて、それを引き出せばいいのかわからない人が、自分のように大勢いる」

だから、結婚の素晴らしさ、パートナーがいることの素晴らしさを伝えることで、パートナーのおかげで、自分の才能に気がつき、それを活かすことができるようになったことや愛し合うことで誰もが得られる、真の幸福と豊かさを伝えることが、生かされた自分の使命なのだと気づき、現在に至る。

約10ヶ月ほど、妻と一緒に産休状態だったが、最近、復帰。
子育てを楽しみながらも、講演やセミナーを行い、4000人以上が「成功夫婦」の知恵を学び、その結果、最高のパートナーと出会って、「幸せな結婚」と「仕事の成功」を両方得た「成功夫婦」が、各地でどんどん増えていっている。

いつか、そう遠くない未来。

愛し合う夫婦のもとで、笑顔いっぱいに育つ子供たちがいる世界。
お互いを協力しあい称え合う職場環境。
そして、思いやり、敬い合う人間関係に溢れた世界。

そんな世界になることを願い、夫婦揃って、何かできることがあれば積極的にこれからも役割を担っていきたいと考えている。